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2008年6月17日 (火)

初老の夫婦

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モスクワの子供達全員が幼稚園に通うわけではありません。
親たちは可能であれば自分の親に子供の養育を頼みます。
つまりおじいちゃんとおばあちゃんが孫の面倒をみるのです。

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写真も孫を連れて家の近くにある公園に散歩にきた二人です。
二人のそばでは孫達が走り回って遊んでいます。

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孫の様子を眺めながら春の光、空気を楽しんでいるのが
二人の表情からわかります。

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2008年6月16日 (月)

モスクワの子供たち

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小さな子供達が遊びにやってくる広場です。
乳母車や自転車でやってきた子供達は走り回ったりおもちゃで遊んだりしています。
ここでは子供達同士の初めての付き合いが始まります。

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お互いに触ったり、おもちゃの取り合いをしたり、
何を言っているのかわかりませんがお互いに声をかけたりしています。

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親達はいつもそばにいておもちゃを奪ってはいけないことなど
他の子供達と遊ぶ方法を教えていきます。
毎日ここで遊んでいるうちにみんな仲の良い友達となっていきます。

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2008年6月14日 (土)

ルジニキ市場

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モスクワのルジニキ市場です。
多分、長く会っていなかった友人の二人が偶然出会ったところです。
モスクワは大きな街ですので、このように偶然知人と出くわすことは滅多にありません。
それでもこのように偶然出会った時には、”なんて世間は狭いんでしょう!”
という言葉が自然と出てきてしまいます。

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二人とも心から嬉しそうな表情です。
おそらくこの後、二人はお互いどうしていたか語り合うのでしょう。
ロシア人はみんな身の上話が大好きです。

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後ろには市場の出店や広告の看板が見えます。
市場では普通のお店よりずっと安く買えるので多くの人々が買い物にやってきますが、
品質が落ちる場合もままあります。
衣類は特に安く、ほとんどの一般的住人は市場以外で服を買うことはありません。

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市場は小さな出店の集まりで暖房も入っていません。
しかし、ここが市民にとっての一番身近な買い物の場所です。

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2008年6月13日 (金)

マースレニツァ 6

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マースレニツァで最も大事な儀式はマースレニツァを送り出す儀式です。
厳かな聖歌が歌われる中、マースレニツァ人形が中央に置かれます。
大きな叫び声や笑い声、歌声の中、人形に火がつけられます
子供達は燃えるわらの束をつかんで歌い踊り回ります。
”僕らは初めてマースレニツァと会った。僕らは初めて大きな火を燃やした。”

マースレニツァは普通2月末か3月の初めにやって来ます。
これは古代ロシアでの年末の時期にあたります。
古代ロシアでは3月1日に1年がはじまり、春がはじまります。
マースレニツァは1年が終ることを人が死んだかのように具象化し、
荘厳なお別れの儀式や宴とともに死者に別れを告げ、新たな復活を願うのです。

つまりマースレニツァは”終りと始まり”を表すお祭りです。
冬の終り、1年の終り、人生の終り、
それは春の始まり、新しい年のはじまり、新たなる人生のはじまりでもあるのです。

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2008年6月12日 (木)

マースレニツァ 5

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コンクールや歌、楽しい遊びが終ると
マースレニツァ人形は広い場所に移されます。
お祭りには大勢の人達が集まり子供も多いので
人形に火を付けても安全な場所に移動させるのです。

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お祭りはなるべく昔通りに行うようにしていますが、
地域によってやり方に違いがあります。
マースレニツァ人形が燃やされない所では
代わりにマースレニツァの葬送が行われます。
葬送には仮装した行列が伴い、カーニバルがあり、大きな笑い声、春を望む声、
そしてマースレニツァへの非難の唄が歌われます。
この唄ではマースレニツァは嘘つき、大食漢、ブリン食い
など様々な呼び名で歌い上げられます。
賑やかな宴会であるマースレニツァのすぐ後に
大斎(精進、断食期間)が控えているからです。

マースレニツァ人形は皆で村から運び出され
水に投げ込まれるか、ばらばらにされます。
人形から出たわらは肥沃な大地、豊作を願って野原にまかれます。

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2008年6月11日 (水)

マースレニツァ 4

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マースレニツァのお祭りが続いています。

壇上は風船で飾られマースレニツァ人形が据え付けられています。
実際は写真のようには視界は良くなく雪が邪魔をします。
舞台中央は雪を掃除しましたが結局綺麗にはならず、
このあとも雪は降り続けます。
しかし、それ位のことはこの楽しいお祭りの妨げにはなりません。

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あまり知られてはいませんが、マースレニツァはスラヴ神話の中の登場人物です。
マースレニツァは1度に3つのことを具現化します。
肥沃、冬、死です。
古代にはよくお祭りの名前自体を擬人化しました。
お祭りの始まりには荘厳な賛美歌とともに山まで彼(彼女)を出迎えに行きました。

マースレニツァの名前は女性の衣装を着てバターのブリンか
フライパンを手にしたわら人形に冠せられます。
(丸いバターのブリンがこのお祭りの名前やキャラクターの由来です。)
かつてはマースレニツァの期間中、人形と一緒にトロイカを乗り回したりして、
ずっとこの人形と楽しく過ごしました。

お祭りの終りにはマースレニツァ人形は埋葬されるか、
わらの束にして原っぱに蒔かれたりしました。
しかし、最後の楽しい焚き火として人形を燃やすことが1番多いです。
この場合は山か高台で必ず火がつけられます。

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2008年6月10日 (火)

マースレニツァ 3

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子供たちの遊びが続いています。
マースレニツァはロシア最大の祭日なので、
芸人たちも皆を楽しませようと一生懸命です。

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マースレニツァは正教と異教の驚くべき共生です。

昔の異教徒たちはマースレニツァの期間、死者の魂が
生けるもすべてを助ける為に天から地上にやってくると信じていました。
ご先祖様の魂に失礼が無いように、最初のブリン(ロシア風クレープ)は
必ず窓辺にお供えされます。

一方、正教徒たちにとってマースレニツァは大斎(精進、断食期間)前の
最後の1週間、乾酪週間です。
この1週間はすでに肉は禁物で乳製品を食します。
しかし、太陽を表す異教の象徴、ブリンを口にすることを
正教会は1度も禁止しませんでした。
正教徒たちは乾酪週間に毎日ブリンを食べます。

ケンカした人と仲直りしたり、謝ったりするためにブリンに招待するのが
いい口実になっています。
マースレニツァの期間には貧しい人に食事を与えたり寄付をしたり、
友人をお客に呼んだり呼ばれたりする慣わしになっています。

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2008年6月 9日 (月)

マースレニツァ 2

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マースレニツァのお祭りです。
公園で子供たちが芸人と遊んでいます。

古い時代にはお祭りの期間にソリ遊び、民族舞踊、お芝居など
様々な余興が行われました。

大きな木造の芝居小屋
(普段は道化師が登場する伝統的喜劇の見世物が行われていました。)
ではペトルーシカとマースレニツァおじいさんが登場する出し物が特別上演されました。
通りには仮面などで仮装した様々なグループが練り歩き、
その足で知り合いの家々を周って即興のパフォーマンスを披露しました。
集団でトロイカやソリで町中を乗り回して楽しむ人達がいたり、
氷に覆われた山をソリで滑り降りるという単純ですが尊敬を集めた余興もありました。

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マースレニツァはおそらく1年で最も無邪気で長いお祭りです。
マースレニツァの根本は春の到来を待ち望み、胸をふくませることです。

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すでにこの公園でも寒さに震えることなく散策できますし、
太陽の日差しも感じられます。
人も自然も生命がみなぎりはじめているのです。

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2008年6月 7日 (土)

マースレニツァ 1

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マースレニツァです。

マースレニツァはブリン(ロシア風のクレープ)を食べるお祭りです。
真面目に言えば、マースレニツァはキリスト教が入ってくる以前の
ロシア異教文化の流れを受け継いだスラヴの祝祭です。

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マースレニツァの期間は1週間で大斎(精進、断食期間)の前に行われます。
マースレニツァにはまず大斎に備えた盛りだくさんで栄養タップリの食事があり、
加えてスラヴの輪舞、歌、音楽があります。

毎年、マースレニツァが終わると人々は退屈になり
何のやる気も無くなってしまうと昔は考えられていました。

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トロパリョーヴァ公園では毎年モスクワ政府主催のマースレニツァ祭りが行われます。
多くの芸人が出演する様々なコンクールが開催され、ブリンを焼く屋台がでます。

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ブリンは希望する人、全員に配られますが大勢の人が殺到するので、
長い行列を待たなければなりません。

写真はその様子を撮ったものです。

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2008年6月 6日 (金)

サンボ・スポーツ学校

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青年たちがホッケーをしています。
彼らは遊びでしているだけで、プロを目指しているものは
別の場所で練習しています。

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この地区にはサンボ・スポーツ学校があります。
サンボは1930年代のソ連で開発された護身のための格闘技で
ソビエトでは広く普及しました。

ソ連崩壊後、人気が下降した時期もありましたが、
サンボ愛好家で知られるプーチンが大統領になると
人気も復活しました。

サンボ学校には主に年長組の子供たちが参加し
サンボを含めたスポーツの授業が集中的に行われます。
彼らはこの公園でもよく見かけられ、ホッケーをしているのも
サンボ学校の生徒たちです。
彼らは毎朝、どんな天気の日でもランニングを欠かしません。

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スケートリンクには氷が見えない程、雪が積もっています。
昨晩の雪がリンクを覆ってしまいました。
それでもスケートをしに大勢の人がやってきますし、
このようにホッケーすらしてしまいます。

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2008年6月 5日 (木)

モスクワのビーチバレー

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男の子が小さな男の子とホッケーをしています。
お兄ちゃんが弟にホッケーを教えに連れてきたのかもしれません。
あるいはただ居合わせただけで教えてあげているのかもしれません。

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ここは冬にはスケートリンクとして、夏にはビーチバレー場として使われています。
かつてここでビーチバレー選手権大会も開かれました。
砂が運び込まれ整地され囲いや観客席も作られました。
大会が終わると観客席は撤去されましたが、あとはそのまま残りました。
今では毎年夏になると多くのビーチバレー愛好家が集まって試合を楽しんでいます。

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一方、冬になるとたくさんの水をここに注ぎスケートリンクを作ります。
会場は広いのでスケートリンクが仕上がるまで長いこと時間がかかりますが、
結果はご覧のとおり見事なものです。

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2008年6月 4日 (水)

モスクワの公園

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冬の休日のトロパリョーヴァ公園です。
この公園では休日や祭日になると
子供たちはポニーや馬に乗ることが出来ます。

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以前には夏にラクダを連れてきたこともありましたが、
大変なのでやめてしまいました。
しかし馬やポニーは冬には祝祭日に、
夏にはほとんど毎日乗ることができます。

馬屋も近くにあり馬のために餌を持ってくる人もいます。
又ここにはヤギもいて子供たちは手から直接、
餌を食べさせるのが大好きです。

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写真の奥には小さな売店が見えます。
馬に乗っている子供を待っている間、
親たちはここで熱いお茶やコーヒーを飲むことができます。
横にはコカコーラの文字も見えますが、
冬の寒い公園で冷たい飲み物を飲む人もいます。

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2008年6月 3日 (火)

冬のモスクワ

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ソリで遊んでいる二人がいます。
年齢からすると孫とおじいちゃんでしょう。
二人ともなんて楽しそうな顔をしてるでしょう。

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ここはトロパリョーヴァ公園内にある丘です。
丘の坂の傾斜は急なので子供一人で滑らせない親たちもいます。
おじいちゃんと孫の乗ったソリも雪しぶきを上げて
かなりのスピードが出ているのがわかります。

おじいさんは足を持ち上げてスピードが落ちないようにもしています。
子供一人で滑らせない場合はこのように大人と一緒に滑ります。
ですのでここではあらゆる年齢の人がソリに乗って楽しんでいます。

天気の良い(ぬかるみや風のない)日には大勢の人が公園にやってきます。
スキーを持った人、ソリを持った人、自転車スキー、
スノーボード、そして手ぶらの人もいます。
ある子供たちは大きなダンボールを拾ってきてそれで滑っています。

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大事なのはこの楽しい雰囲気をここにいる皆が共有していることです。
公園のどこの場所に行ってもこの雰囲気は変わることはありません。

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2008年6月 2日 (月)

モスクワの雪遊び

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冬の真っ只中、子供たちが遊んでいます。
前回の写真と同じ男の子がまた転んでいますが、
彼はこのあとも何度も挑戦し続けます。

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横では小さな子が坂を降りている様子を男性が見つめています。
服と帽子の色から女の子だとわかります。
ロシアでは伝統的に女の子の服装にはバラ色、赤色の暖色系が使われ、
男の子には緑色、青色など寒色系が使われます。

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この男性はおそらくこの女の子の父親です。
男性の横には子供用の自転車スキーがありますが、
もしかすると女の子はこの自転車スキーで坂を滑ろうとしたのですが、
自転車スキーだけが先に落ちてしまい、
女の子は自分で坂を降りているところかもしれません。
しかしそうだとするとお父さんが助けに行くはずです。

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多分、女の子はこうやって遊んでいるのだと思います。
坂もそれほど急ではなく氷よりも雪が多く小さな子供でも危なくありません。
お父さんは坂の下で静かに自分の娘が降りてくるのを見守っています。

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