« 2007年6月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年7月26日 (木)

SEED CAKES

02      01

SEED CAKES with icing        Seed Cakes
詳細                    詳細

D-Day川喜多美子さんによる自主制作CD-r盤です。

相変わらずの魅力的な声は健在で更に深みを増しています。
又、D-day時代の曲と比較してみると大変面白いです。

D-Dayファンは勿論ですが若い方にも聴いてみてもらいたいです。
特に2nd収録のSWEET SULTAN,VALE OF PROMISESなどは
NHKのテレビで最近良く見かける"リサイクルマークがエコマーク"のCM、
Perfumeが好きな方にもオススメです。

又、個人的には"失くした遊園地"が最もD-Dayらしい曲で、
何故か映画、"夢みるように眠りたい"を思い浮かべてしまいます。
独特の浮遊感、シュールな歌詞、モノクロのイメージなどが重なるのかもしれません。

是非、お試しください。

ちなみに手元に届いたSEED CAKES with icing のシリアルナンバーは13番でした。

お求めはこちらでどうぞ。
shop MECANO

| | コメント (0)

2007年7月24日 (火)

GOMESS ファイナル

Gomess

来月の8/25(Sat)に吉祥寺シルバーエレファントにて
再結成を果たした第2期GOMESSのラスト・ライブがあります。

学生時代にゴメスのレコード、"DEMONSTRATION"や"UNAFFECTED NATION"などを
カセット・テープにダビング、友人の車で無理矢理かけさせたり、大阪から清水まで
一般道をバイクで13時間かけて帰省する時もウォークマンでずっと聴きながら
走ったものです。

2006年2月11日、町田のライブハウス"A to Z"で行われた歌人会バンドスタンドで
初めてゴメスのライブを直接体験、更にメンバーの方々とゆっくりお話しも出来て、
新たにゴメスの素晴らしさを感じることが出来ました。

Gomess009

ゴメスのホームページからレコード(希望すればCDRへのコピーも可能)
注文できますので是非、聴いてみて下さい。

そして更にパワーアップ、進化した第2期ゴメスのライブを
体験出来る最後のチャンスです。
ゴメス・ファンの方以外にもすべてのロック・ファンに
オススメのライブですので是非、どうぞ。
(当日はD-DAY川喜多美子さんもご来場の予定だそうです。)

しかし、私は土曜日も仕事なので、いっそ臨時休業してでも、などと悩んでいます...
清水と東京は高速バスで身近になったとは言うものの、時間的にはまだキビシイです。

行けなかったとしても、ゴメスの皆さん、再結成してくれて有難う
そしてこれからも一生聴き続けていきます。
第3期GOMESSを期待して!

Gomesssign05

Gomesspick

| | コメント (0)

2007年7月18日 (水)

モスクワの落書き

Ru272

写真にはキオスクが写っています。
このようなキオスクはモスクワ中で多く見かけます。

キオスクは主に地下鉄の駅の近くや商店街の近くにあります。
24時間営業のキオスクもありますが、すべてではありません。

写真のキオスクは車に繋げて移動できるものです。
ショーウィンドーは夜になると簡単に閉められるようになっています。
又、夜になると帰ってしまうものもありますが、ほとんどは置かれたままです。

M04_2

キオスクの壁には落書きが見えます。
おそらくティーンエージャーが周りに人がいない時にしたものです。
目にあまる違反行為だと言う人もいれば、ある種の芸術だと言う人もいます。

M01_2

モスクワではこのような落書きやストリート・ペインティングを
いたる所で見ることが出来ます。

M02_1

汚い落書きがほとんどですが、時として何の変哲もない殺風景な場所の壁に
描かれた絵によって、そこが魅力的に感じられる場合もあります。

M03_1

で考えてしまうのが写真にあるキオスクの落書きも、
ひょっとすると芸術なのでしょうか?

M05_1

| | コメント (0)

2007年7月17日 (火)

モスクワのカジノ

Ru271

ヤムスコエ・ポーレ3番通りです。
写真の奥の方にカジノの大きな建物が見えます。
ここでは富と貧困が隣り合わせです。
ちょうどモスクワの中心地で貧しい人や路上生活者が多いです。

1_4

カジノでは数時間で手持ちのお金が無くなっても、
次の日に又やってきてお金を注ぎ込み、
仕舞いには全財産、住むところさえも失ってしまう人々がいます。

4

モスクワでは毎年冬に数十人の路上生活者が凍死しています。
カジノの周りには普通の住居が並んでいて、
そこでは人それぞれ様々な生活を送っています。

5

カジノには高級車に乗った、時にはガードマン付きの人達が次々とやってきます。
周りの住民はこれらの光景やカジノが近所にあることに慣れてしまい、
何の気にも留めません。
ちなみにこのような施設はソ連時代にはほとんど存在せず、
お金を賭けて遊ぶのは恥ずべき事とされていました。

6

しかし、ソ連が崩壊すると賭博場も出来始め、
その後はすさまじい勢いで発展してきました。
現在ではモスクワの至るところにカジノがあります。

2_6

写真には高級車以外の車も写っています。
一番手前に写っている車はロシア製の≪ジグリ≫です。
モスクワでは様々な人々の生活と同じく様々な車が走っています。

7

| | コメント (0)

2007年7月14日 (土)

モスクワの雪

Ru268

ヤムスコエ・ポーレ1番通りです。
この通りはモスクワの中心街にあります。
人々はそれぞれの仕事に急いでいます。
ありふれた冬の1日の光景です。

車道部分は除雪されていますが、歩道は滅多にされません。
車道は除雪しないと事故の危険がありますが、
歩道はただ歩き辛いだけと考えられているようです。

0

しかし毎日、多くの人が仕事の行き帰りに雪を踏み固めるので
自然に小道が出来ています。
写真でも自然に出来た小道に沿って歩いている姿が見えます。

1_3

小道は横断歩道に続いています。
横断歩道の白の縞模様は写真では見えませんが道路標識が写っています。
道を渡っている歩行者の図柄の標識です。

2_4

勿論、横断歩道では歩行者優先なのですが、
残念なことに実際はほとんど守られていません。

写真では雪に覆われた車も見えます。
モスクワでは何日も雪が降り止まないときがあります。
そのような場合、モスクワの通りではありとあらゆる除雪手段が用いられ、
一昼夜除雪作業が続きます。
又、夜に外へ車を置いていた場合は翌朝、
車で出かける前に骨の折れる作業が待っています。

3_3

| | コメント (0)

2007年7月13日 (金)

ロシアの父母会

Ru267

子供達が校舎から出てきたところです。
いつもなら嬉しそうに校舎から走り出てくるのに、
今日はどうやら少し疲れているようです。
でも子供達はすぐに元気になります。

親を見つけた子供達は喜んで駆け寄り、
今日学校であったことを話しはじめます。
親も嬉しそうに子供達の話に耳を傾けます。

後ろでは1人の少年がかばんを下に置いて立って待っています。
暖かい日にはここにかばんの山ができて、子供達は校庭で遊んでいきます。

1_2

子供達を待っている間、親たちはお互いに勉強の進み具合や
クラスの用事などを話しあっています。

2_3

各クラスには父母会があり、大抵はクラスの母親の数名が役員を担当します。
役員はクラスの子の誕生日のお祝いや遠足、祝日のプレゼントなどを準備します。
普通、遠足の日程や祝賀会のことなどクラス全員の親たちへ事前に電話で
知らせますが、子供達が校庭で遊んでいるこの時間に
直接伝えることもしばしばあります。

3_2

| | コメント (0)

2007年7月12日 (木)

ロシアの学校

Ru265

授業が終った生徒たちが学校から出てきています。
親たちも迎えに来ています。

外は寒いのでお母さんが子供にやさしくマフラーを巻いてあげています。
学校からちょうど出てきた2人の生徒は親たちに微笑んでいるようです。

Y1

他の生徒はまだ出てきていません。
凍えてしまった親たちは玄関に入って少しでも暖をとろうとしています。
何人かの生徒はなかなか出てきません。
彼らは友達ともっと遊んだりおしゃべりがしたいのです。
そんな時には彼らの親は完全に凍えてしまいます。

Y2

親たちは校舎の中で子供を待つことは出来ません。
それは規則によって禁止されています。
子供の安全のためと同時に物理的理由もあります。
授業が終ると生徒たちは1階に降りて着替えをします。
広さはありますが、それでも親たちも一緒となると狭すぎるのです。

Y3

勿論、親が先生に話がある時や子供の問題の相談などでは
校舎に入ることが出来ます。
それでも普通は年に4回開かれる親たちのための集会で
子供たちの問題、質問、相談、様々な学校の問題などが話し合われます。

Y4

| | コメント (0)

2007年7月11日 (水)

モスクワの学校

Ru266

モスクワ1101学校の校庭です。
1年生が授業を終えて外に出てきています。
親たちは家に連れて帰るためのお出迎えをしています。

モスクワでは近年、益々物騒になってきているので、
どの学校でも警備が行われています。
ほとんどの学校では親が迎えに来ないと返してもらえません。
親の迎えが遅れた時には先生が生徒と一緒にお迎えを待ちます。
高学年の生徒たちは勿論、1人で家に帰ることが出来ます。

1_1

ロシアの教育システムは他の国のものと違います。
小学校から高校まで、1つの学校で11年間学ぶことになります。
数学、物理、化学、人文・社会科学など全科目、すべての生徒が必修です。
大学に進学する生徒は学校を終えて初めて理系、文系の選択を決めます。

2_2

そして学校では最年少の生徒と最年長の生徒が同じ校舎で学びます。
授業が終る時間はバラバラで年少組はお昼まで、
年長組は夜までということもあります。

生徒の両親は大抵働いているので、
同居しているおばあちゃんが迎えにくる生徒も多いです。

3_1

| | コメント (0)

2007年7月10日 (火)

マルシュルートカ

Ru264

テョープリィ・スタン通りです。
この通りは地下鉄テョープリィ・スタン駅からバス停や
マルシュルートカ(決まった路線を走る乗り合いタクシーのようなワゴン車)
の停留所までのびています。

写真左側にはたくさんのマルシュルートカが見えますが、ここが終点の停留所です。
マルシュルートカは5分か10分おきに発車するので好んで利用する人が多いです。

D01

マルシュルートカの運賃はバスと同じ位ですが、
バスは年金生活のお年寄りには無料です。
ですのでバスの乗客はお年寄りが多く、又マルシュルートカを毎日利用出来る程
年金を受け取っているお年寄りはほとんどいません。

しかしマルシュルートカにも特典があります。
大祖国戦争の功労者は無料で利用することが出来ます。
ソビエト時代にはマルシュルートカは国営で走っている台数も少なかったです。
当時はバスと同じく長いこと待たなければなりませんでした。

D02

現在、マルシュルートカは個人経営なのでどこへ行っても見かけます。
安くて便利な乗り物です。

写真の右側には小さな売店の並びが見えます。
一番手前の売店では花を売っています。
次の売店では野菜を、つぎはCDといった具合です。

D03

仕事帰りに時間が無い時にはこれらの売店で買物を済ませてしまうことも多いです。

D04

| | コメント (0)

2007年7月 9日 (月)

ロシアの毛皮

Ru254

白ロシア駅沿いの通りです。
通行人はいつものように何処かへ急いでいます。
ビデオ、CD屋の青い屋根看板やバス停につけられた広告の顔が見えます。

01_5

写真には毛皮のコートと帽子姿の女性が写っています。
現在、毛皮製品に関しては特にヨーロッパで議論の的となっていて、
益々反対の声は大きくなっています。
しかしロシア人は冬になると多くの人が毛皮製品を身に着けます。

03_5

ロシアで何年か暮らした、あるアメリカ人の言葉が思い出されます。

"毛皮反対を訴える人は、マイナス30℃にもなる
ロシアの冬の生活を経験してみて下さい。
大勢の人が意見を変えることでしょう。"

多分、彼の言葉は正しいと思います。
天気に関係なく長いこと外を歩かなくてはいけない場合も多いですし、
毛皮ほど極寒から救ってくれるものは他にないからです。

04_3

| | コメント (0)

2007年7月 7日 (土)

トヴェリ関所広場

Ru252

トヴェリ関所広場です。

ここの交通量はモスクワでも大変多い箇所で、ピーク時にはいつも渋滞しています。
写真でも沢山の車が見られますが、それに比べて歩行者はずっと少ないです。

K01

ここの近くには駐車場がほとんど無く、そのためドライバーは道端に数時間、
時には一日中、車を放置していきます。
勿論、通行の妨げになるのですが、ここは道がとても広いので
大きな問題になっていません。

K02

ここは何故か道が悪く、いつも補修工事が行われています。
写真でも修理が必要な部分が見受けられます。

K03

写真左側には看板が見えます。
小さな立て看板は毎朝道路に出され夜になると片付けられます。

K04

建物や柱に据付けられている看板も見えます。

K05

写真中央には巨大な看板もあります。

K06

写真上部には電線も写っています。
トロリーバスの電線です。
モスクワの何処でもトロリーバスが走っているわけではありませんが、
それでも多くの通りでトロリーバス用の電線が目に入ります。

K07

モスクワ中心部では更に路面電車も走っています。
これらすべてはソビエト時代からあったものです。

K08

| | コメント (0)

2007年7月 6日 (金)

モスクワのガレージ

Ru367

テョープリィ・スタン通りにあるバス停です。
このバス停の名前は近くにある学校にちなんで≪サンボ-70≫と呼ばれています。
その学校は有名な体育学校で子供達がサンボを習っています。
サンボはソビエト時代に開発された格闘技のひとつです。

B00_1

それ程寒くない冬の日で、通りには水溜りが見えます。
この時間は交通量も少なく、写真でも車が一台走っているだけです。
しかし朝晩は多くの人や車が行き交います。

B01_1

バス停の手前の角には黄色い表示板が見えます。
表示板には停車するバス番号とそのバスの終着駅が記されています。

B02

道を挟んで住居が立ち並んでいます。
モスクワの典型的な住居で70年代に建てられたものです。
モスクワでは個人所有の1階、2階建て住宅はほとんどありません。
5階建て住居が主に建設されたのは50年以上前のことで、
その後、10階建て、20階建て、そして30階建ての住居が建設されされました。
モスクワの人口は益々増えています。

B03

住居の下にはマイカー所有者が自分で建てたガレージの列が見えます。
最近ではこのようなガレージから地下立体駐車場に変わりつつあります。

B04

| | コメント (0)

2007年7月 5日 (木)

モスクワの朝

Ru276_1

**************************************************
モスクワの友人よりフォト・エッセイが届きました。
2児の母、仕事もして大学に通っていましたが、
昨日、見事に卒業を果たしました。
**************************************************

モスクワの寒い冬の朝、列車が白ロシア駅に近づいています。
外はかなり寒いですが陽射しはあります。よくある冬の天気です。

しかし、時には10月に雪が降り、厚い雪が冬の間じゅう覆ってしまうこともあります。
外はマイナス20℃、-30℃、そして-35℃になることもあり、
そのような年には雪が溶け始めるのは4月末になってからです。

T1

又、滅多にありませんが雪が全く降らず、気温も0℃位の日が続くことがあります。
そのような朝には全く冬だと感じられません。

T3

列車は見たところ客車のようです。
多分、遠方からの列車で目覚めた乗客たちは
窓からモスクワの様子を眺めている頃でしょう。
彼らはまだ暖かい客室の中で寒さにちじこまることはありませんが、
プラットホームに降り立つ瞬間もまもなくです。

T4_1

もしもモスクワ近郊からの列車だった場合は個室は無く座席だけの列車です。
毎日、多くの人々が列車に乗ってモスクワに働きにやって来ます。
モスクワ以外の町で仕事を探すのが更に難しくなっているからです。
彼らは朝早くに起きて列車でモスクワまで数時間をかけて辿り着き、
仕事が終わると同じ座席だけの列車に乗り込んで家路に向かうのです。

T5

| | コメント (0)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年9月 »