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2007年4月28日 (土)

『ハルムスの小さな船』

Kharms

『ハルムスの小さな船』
ダニイル・ハルムス作
井桁貞義訳
西岡千晶絵

ロシア・アヴァンギャルドの旗手にして
児童文学作家のダニイル・ハルムス初の本格翻訳本。
詩、短編、中編を含むバラエティに富んだ全23作品を収録、
西岡千晶の美しくもユーモラスなイラストが全作品を彩る。
特色刷箱入。

A5変型本文120頁特色刷、箱入

ISBN978-4-86095-198-6
C0098
定価(本体1800円+税)
長崎出版

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ついに出版されました!
ハルムスの不思議な面白さを是非、ご体験下さい。

以下、関連リンクです。

オベリウ

ハルムスの世界

鈴木正美先生によるハルムスの詩の翻訳
イワン・イワーヌィチ・サモワール

ブローグニック
ハルムス

ハルムス翻訳収録
飛ぶ教室第8号(2007年冬号)

長崎出版
http://doremifa.net/nagasaki/

西岡兄妹
http://www.ztv.ne.jp/bro-sis/

ビーケーワン
ハルムスの小さな船

Amazon.co.jp
ハルムスの小さな船

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2007年4月24日 (火)

ゴーラド312 / Город 312

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キルギス共和国の首都、ビシュケク出身の
現在、最も気に入っているロシアのポップ・グループです。

CD+DVDの最新アルバムをモスクワに注文してありますが、
いつ入荷するかは不明です...

是非、視聴してみて下さい。

YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=j8Ikg8-2R_c

MP3
http://www.g312.ru/mp3/ber.mp3
http://www.g312.ru/mp3/taina.mp3
http://www.g312.ru/mp3/vesna.mp3

HP
http://www.g312.ru/

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2007年4月17日 (火)

ロシアの信号機

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白ロシア駅近くの橋です。橋の下は車両や人が通過出来るようになっています。
ある人は仕事に、またある人は駅にむかって急いでいます。
この白ロシア駅からはモスクワ郊外のベットタウンやロシア遠方、
海外までつながっています。

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駅の売店では軽食やチョコバー、ガム、たばこ、ジュースなどが売られています。
かつてはお酒も売られていましたが、アル中の人を減らすためにモスクワ当局は
夜間のアルコール販売をまず禁止し、次に終日の販売禁止、
さらにモスクワすべての売店でのお酒の販売を全面禁止しました。
現在はビールなどの低アルコール飲料だけは販売されています。

駅周辺の店ではありとあらゆるものが売られています。
写真には祈祷用具やイコンを売る店が見えます。
モスクワを旅立つ人達はここでお守りとして好きなイコンを買い、厄除け、
仕事や人生の成功、健康を願います。
又、購入者の希望により特別な証明書も発行しています。
海外への芸術品持ち出し禁止の規定に違反してないことを
国境の税関で証明するためのものです。

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写真中央には一人の女性が歩いています。
彼女の手には"アルバート・プレステージ"のお店の袋が見えます。
アルバート通りに1号店を出店しようと計画して
店の名前もアルバート通りにちなんでつけられたものですが、
モスクワ当局との価格交渉で結局折り合いがつきませんでした。
このお店は化粧品や香水などで若者からお年寄りまで広く親しまれています。

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写真には信号も写っていますが、ここを渡るのは不便で危険ですらあります。
その原因は信号の整備不良です。
残念ながら整備担当の部署の人々は全くいい加減です。
ですのでモスクワではこのような危険な交差点がたくさんあります。

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白ロシア駅前のこの広場や通りは無数の人々をずっと眺めてきて、
口がきけるなら様々な歴史的出来事も語ってくれる、
ふとそんなことを思ってしまいます。

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2007年4月 2日 (月)

奇跡者聖ニコライ寺院

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トヴェリ関所にある奇跡者聖ニコライ寺院の建物が見えます。
この寺院の歴史にはとても興味深いものがあります。
19世紀中頃、有名な商人ラフマノフが所有していたトヴェリ関所の地に
古式分派信者たちの結社が創設され、
そこには木造の小さな礼拝堂と祈祷所がありました。

奇跡者聖ニコライ寺院はその木造の小さな礼拝堂のあった場所に建てられました。
建設は1914年に始まり1921年まで続きました。
1914年3月16日、旧礼拝堂で最後の祈祷式が行われイコンも運び出されました。
6月29日、モスクワ大主教が寺院建設の清めの儀式を行いました。

建設費用はモスクワ商工業を代表する人々(P.V.イワノフ、A.E.ルサコフなど)が
負担しました。
十月革命が起こる1917年には寺院の建物はほとんど完成していて鐘楼にも
鐘が据付けられていました。
しかし、仕上げの作業は遅れに遅れ、寺院の玉座の清めが行われたのは
1921年のことでした。
寺院での活動は14年間で幕を閉じ、1935年に閉鎖されました。

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1940年代になると寺院には地区の防空貯蔵庫がおかれ、
これは後に修理工場として利用されました。
1989年には修理工場の撤去が、1993年にはコンサート・ホールとして
改築することが決まりましたが、幸運にもこの決定は実現しませんでした。

1993年、寺院は音楽協会ではなく古式分派教会に引き渡されました。
初めての祈祷は1995年8月2日に行われました。

写真には寺院の前に小さな店や喫茶店、遊技場などが見えます。
これらは寺院の背景の景色としてはそぐわないものかもしれません。
特に店の名前を読んだり、遊技場の絵柄に注目すれば、
宗教的な観点から見れば間違いなく罪になる店です。

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しかし、これらは紛れもない今のモスクワを表しています。
アパートやお店、駐車した車、看板などが寺院を取り囲んでいます。

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深き信仰と無神論、古き伝統への回帰と現代文明の享受、
モスクワのどこでも目にすることができる光景です。

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