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2005年11月19日 (土)

今も残る懐かしの風景

miho01



写真はお米の配達途中に時々通る静岡市清水区三保のとある場所です。





かつては三保の店の前にある三保街道も
砂利道だったり、アスファルトになっても砂が積もっていたりと、
トラックが通るたびに砂埃が舞い上がっていたものです。
ドブ板も木で、写真のようにちゃんと蓋がされていない個所だらけでした。

木造やトタンの潮風に晒された家屋、朽ちた木々、
雑草だらけの空き地に放置ドラム缶、砂まみれの道、
この道を抜ければそのまま三保の海岸に出られ、
夜になると古びた電柱の上についている小さな裸外灯1個だけが
この道を照らし出します。
かつては三保の何処でも目にした光景です。

今ではこのような所は少なくなり、この写真のすぐ近くにも
近代的でオシャレな新築のお宅が建ってます。

あと何回、お米の配達時にこの風景を観ることができるのか?
ここを通って配達するお米のご注文が入った時には、
変わっていませんように、と思いつつ車を走らせています。

ちなみに、今は無き一高の裏あたりです。
車が1台スレスレで通れる細い道の先です。

http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%8C%BA%E4%B8%89%E4%BF%9D&ll=35.007837,138.528585&spn=0.086822,0.253098&hl=ja

それでは又。

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コメント

なんとなく写真を眺め、「懐かしいと言われれば懐かしいかなぁ……」と思いつつ読ませていただき、地図をクリックしたら懐かしさが堰を切ったように溢れてきました。
この道、今から三十数年前に歩いたことがあります。僕は東海一校に通いましたから三年間三保に親しんだのですが、三保というのは当時も今も、変わらないものが多いですね。三保街道の裏道を歩くと大きなコンクリート製の給水塔があって良く写真を撮りましたが、まだあるのかしら。
給水塔がなくなってしまい、道が整備され、真新しい家が建ち並んでもきっといつまでも三保は三保らしいんじゃないかと思うのは、三保ってあまり閉塞感がなくて見通しの良い廊下のような感じが昔も今も変わらずにしています。
ある人にとっては海へ、ある人にとっては空へ、ある人にとってはどこにも繋がっていない廊下。なんとなく羽衣の松も、三保飛行場も、三保造船で下半身を隠されている富士山も、ひどくこの風通しの良い廊下のような砂嘴に似合っている気がします。

投稿: | 2005年11月19日 (土) 13時09分

六様

コメント有難う御座います。

東海一校があった頃には、写真を撮った辺りの左側から、よくジャージ姿の一校生がチャリに乗って細い道を帰っていく姿を見かけました。多分、部活の部室でも近くにあって正門から帰るより早かったんじゃないでしょうか?

給水塔は通称、八木道の途中にまだあったように思います。三保マリーナ辺りには今だに戦時中使った防空壕が物置として残っていますし...。

以前、藤枝出身の作家、小川国夫が、静岡の海岸の光と空気はギリシャに似ているみたいなことを言っていたように記憶しますが、三保の光と空気はやはり街中のものとは違うと感じます。日本的では無い何か、私はそれがロシア的なものと勘違いしてしまったのかもしれません。

今後とも宜しくお願い致します。

投稿: oberiu | 2005年11月19日 (土) 15時51分

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