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2005年11月26日 (土)

ロシア人への質問

wintermoscow19

写真はロシアの友人の妹に撮って
もらったモスクワ郊外の様子です。





1973年生まれの彼女に以前、ある質問をしてみたことがあります。

”ソ連時代の生活はどうだったの?”

”ソ連時代はまだ小さい子供だったけど、色々覚えているわよ。
まず言っておきたいのだけど、絶対にあの時代には戻らない。
私達には自由がなかった。

みんな政治について語り過ぎることを恐れていたわ。
選択肢も限られてたし。
例えば、労働者の給料はみな同じ、彼らはちゃんと働こうが、サボろうが関係なかった。
だれも自分の為の仕事はなかったのよ。

でも、すべての人が同じではなかった。
共産党の指導者たちはもっといい暮らしをして、
お金もたくさん持って、海外まで行けた。
普通の人が海外旅行なんて考えられなかったのに。

子供たちもそう。
共産党員の子供たちは夏休みに素敵な保養地に出かけて行ったし、
教育面でも優遇されてたわ。

今では社会主義時代に戻りたがる人もいるけど理由はわかってるの。
当時は安い給料でも餓えることだけはなかったから。
老人たちの現在の状況は特に悪いわ。
なかには食べ物を買うお金すらないお年寄りもいるし。
ここでは40才を超えての就職は大変なの。

そんな状況でも、ソ連時代よりはいい暮らしになったと思う。
あくまで私だけの意見だけどね。”

続きの質問は又、後日。

それでは。

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2005年11月25日 (金)

ロシアのインディーズ音楽、MP3事情

tsoi


写真はロシアの伝説的ロック・グループ、
”キノー”のリーダー、ヴィクトル・ツォイの
在りし日の姿です。






ロシアでもmp3による音楽配信がとても盛んです。

Music.Lib.Ru(http://music.lib.ru/)というサイトでは
1万を超える世界中のアーティストによる5万曲以上が
自由にダウンロード出来ます。
その中にはプロのアーティスト、CD発売されている
曲も含まれていますが、その点はさすがロシアでアバウトです。

ロシア最大のロック・グループ、アクワリウムのリーダー、
ボリス・グレベンシコフは芸術は人々のものである、との考えで
発表アルバム、さらには観客が録音したライブ音源など
すべてをネット上で無料公開までしています。

http://aquarium.lipetsk.ru/MESTA/mp3/

Music.Lib.Ruには数多くのロシアの無名アーティストの曲も
ありますが、5万曲から当りくじを引くにはさすがに骨が折れます。

その中で、オブシャーギンというアーティストの2曲が良かった
ので是非一度、聞いてみて下さい。

http://music.lib.ru/o//obshagin_h/

3曲め[mp3,4492k]はラップ・パンク、一番下の4曲目[mp3,2042k]
は初期のヴィクトル・ツォイのホーム・レコーディングのようで
気に入っています。

それでは又。

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2005年11月21日 (月)

今日のモスクワ

moscow03

写真はロシアの友人の妹に撮ってもらった
モスクワ郊外の様子です。




実はこの写真はアナログ・カメラで撮られたもので、
ロシアで現像、コダックのプリントとネガを送ってもらいました。
スキャナで取り込んだだけなので画質が落ちています。

現在は彼女にデジカメで撮ったものをCDRで送ってくれるよう
頼んであるのですが、2人の小さな娘さんの面倒をみ、
大学で勉強をし、働きにも出ているという頑張り屋さんなので
暇な時間が出来た時にだけボチボチでと言ってあります。

いずれオベリウのトップ・ページやこのページでご紹介できる
と思います。

下記のフォトサイト、「今日のモスクワ」では日々のモスクワ中心部の
様子が素晴らしい画質のデジカメ写真で紹介されていますので、
是非、ご覧になってみて下さい。
自由にコピーして下さいという、おおらかさも素敵です。

http://www.ivan.ru/
http://www.ivan.ru/2005/index.htm

それでは又。

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2005年11月19日 (土)

今も残る懐かしの風景

miho01



写真はお米の配達途中に時々通る静岡市清水区三保のとある場所です。





かつては三保の店の前にある三保街道も
砂利道だったり、アスファルトになっても砂が積もっていたりと、
トラックが通るたびに砂埃が舞い上がっていたものです。
ドブ板も木で、写真のようにちゃんと蓋がされていない個所だらけでした。

木造やトタンの潮風に晒された家屋、朽ちた木々、
雑草だらけの空き地に放置ドラム缶、砂まみれの道、
この道を抜ければそのまま三保の海岸に出られ、
夜になると古びた電柱の上についている小さな裸外灯1個だけが
この道を照らし出します。
かつては三保の何処でも目にした光景です。

今ではこのような所は少なくなり、この写真のすぐ近くにも
近代的でオシャレな新築のお宅が建ってます。

あと何回、お米の配達時にこの風景を観ることができるのか?
ここを通って配達するお米のご注文が入った時には、
変わっていませんように、と思いつつ車を走らせています。

ちなみに、今は無き一高の裏あたりです。
車が1台スレスレで通れる細い道の先です。

http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%8C%BA%E4%B8%89%E4%BF%9D&ll=35.007837,138.528585&spn=0.086822,0.253098&hl=ja

それでは又。

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2005年11月18日 (金)

恋のバカンス

moscow02

写真はモスクワ在住のロシア人の友人の妹に
モスクワ郊外の街を撮ってもらったものです。
(1、2年前のものです。)



1965年生まれ、同い年のロシア人の友人へメールで
質問をしました。

”「Каниклы Любви」
У моря,у синего моря со мною ты рядом,со мною...

昔、ソビエト時代にロシアでヒットした「恋のバカンス」という曲が
本当は日本の歌だって知ってる?

日本では当時のロシア語バージョンの曲を探している人が多くて、
よくオベリウにも問い合せがあるんだけど、全然見つからないんだ。
何か知らないかな?”

「恋のバカンス」ロシア語曲については、
山之内重美さんの”黒い瞳から百万本のバラまで - ロシア愛唱歌集
(ユーラシア・ブックレット31)
http://www.toyoshoten.co.jp/eurasia/index.html
に詳しい解説が載っています。

日本特派員だったウラジーミル・ツヴェートフがザ・ピーナッツの歌うこの曲の
テープをソ連に持ち帰り、モスクワのテレビ・ラジオ局に紹介、
ロシア語版レコードまで作ってしまいます。
これが大ヒット、ロシア人の誰もが知る曲となります。

ここまではわかっているのですが、当時歌っていたロシアの歌手名
がわかりません。
長年、曲名だけでCDを探してきましたが、ミスター・ツイスターという
ロシアのロカビリー・グループのCDに、この曲を再カバーしたものが
収録されていたこと位しかわかりませんでした。

返信:

”思い出したよ。
このロシア語曲はずーっと昔に聞いた覚えがある。
何年か前にはロシア語版と日本オリジナル曲が一緒に
入っていたCDがあって日本の曲と知ったんだ。

そのCDは今は手元には無くて、多分どこの店にも無いと思う。
で、ちょっと調べてみたんだが、当時歌ってたのはニーナ・パンテレーエヴァ
という女性歌手だったことがわかった。

下のサイトに詳細がある。
http://www.radiomayak.ru/archive/text?stream=schedules/71&item=19282

で、ニーナ・パンテレーエヴァのCDを調べてみたんだが、
「しあわせな恋の歌」(恋のバカンス)が入った彼女のCDが出ているとわかった。
手に入ると思うから又、他のCDと一緒に送るよ。”

「恋のバカンス」ロシア語曲は、「しあわせな恋の歌」という題名で
広くロシアに伝わっていたのです。
当時のソ連では恋のバカンスというニュアンスでさえも不謹慎だったのかもしれません。
ちなみに歌詞も無難なものに書きかえられています。

で、このメールがきたのが9月15日、そして未だ何も入荷せず。
ロシアで特定のCDを探すのは大変困難だとは承知していても、
いつ頃、何が入るか全くわからないというのは、なかなか辛いものがあります。

(CDなど予約ご注文頂いている皆様、申し訳ございません!)

それでは又。

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2005年11月17日 (木)

ブルー・ライト・ヨコハマ

moscow01

写真はモスクワ在住のロシア人の友人の妹に
モスクワ郊外の街を撮ってもらったものです。





同い年で1965年生まれのロシア人の友人からメールで
質問がきました。

”そう言えばずっと昔、小さかった頃に名前がわからないんだけど、
日本の女性歌手の歌を耳にしたんだ。
覚えているのは「ヨコガマ」という題名の曲があったというだけ。
1974年より遅いということはない。
多分、もっと前だったと思う。
日本では有名な歌手だったと思うんだ。
もしかしたら世界的に知られている歌手かもしれない。
その時以来、彼女の曲を聴いたことはないんだけど、
ずっと気になっていたんだ。
誰が歌っていたか、何か知っていたら教えてくれないか。”

返信:

”思うに、それは1968年、いしだあゆみのブルー・ライト・ヨコハマ
じゃないか。

http://columbia.jp/yokohama/ram/32619_01.ram
или http://columbia.jp/~ayumi/  (WMT или RA)

上のサイトにサンプルがあるから聴いてみてくれ。
当たってたらCD送ろうか?
では又。”

返信:

”おお、そうだ!彼女だよ!
CDは知り合いのモスクワの輸入商社から手に入ると思う。
本当にありがとう!”

ソビエト時代にいしだあゆみの歌がラジオかテレビで流れてた?
NHKの紅白歌合戦?
ブルー・ライト・ヨコハマのようなメロディーはロシア人好み?
そういえばザ・ピーナッツの「恋のバカンス」はソビエト時代に
カバーされて大ヒットしたらしいし...。

そこで、逆に「恋のバカンス」について訊いてみることにしました。

「恋のバカンス」については又、後日。

それでは。

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